女マネージャー金子かおる
哀しみの事件簿 1(2002)
Kaoru Kaneko, manager of the comedians
The Case Files of Sorrow File.1


~本格ミステリTVムーヴィーの快作~
皆様、こんにちは。
めとろんです。
今回は、本格ミステリTVムーヴィーの快作である『女マネージャー金子かおる 哀しみの事件簿1』(2002)をご紹介します。
STORY

お笑いコンビ、スリートップの半田俊治(生瀬勝久)と鳥羽善次郎(板尾創路)は、長き下積み生活から、今や大きな舞台公演を控え、まさにブレイクの直前にあった。
そんな彼らの女マネージャー、金子かおる(久本雅美)は、苦楽を共にしてきた、なくてはならない存在であり、この大事な時に、些細なトラブルにも神経を尖らせていた。

しかし、女にだらしがない傾向のある半田が、番組で知り合った女性タレント、本間映子(佐藤江梨子)と結婚すると言い出す。

その夜、本間とデートする約束だった半田は些細なことから彼女と喧嘩し、夜の街に飛び出す。その時、「赤い服の女」をマンションの通路で見たと後に主張するが、その時は気に留めなかった。バーで、サラリーマン風の男性2名に、大事なネタ書類を間違えて持ち去られてしまう。慌てて彼らを追う途中、募金の女性とぶつかり罵声を浴びせたりしつつも、何とか彼らの活気あるオフィスに辿り着き、中年の婦人と商談中らしい席に割って入り、大事な書類を取り戻す。

明滅する、パチンコ看板の灯りに照らされた本間のマンションに戻り、これから食事に行くと予約していた店に電話する半田だったが、声をかけても答えない映子をよく見ると…彼女は、絶命していた。

こうして、事件の幕は切って落とされた。
敏腕刑事、橋爪(夏八木勲)が捜査にあたったが、半田が主張するアリバイは、悉く立証されない。バーテンダーも彼を知らないと言い、彼が押しかけたオフィスのある貸しビルは、もぬけの殻。ぶつかった募金の婦人も見つからない。
大切な舞台公演まで、あと僅か。人一倍、半田たちのことを想う女マネージャー、金子は橋爪の静止も聞き入れず、必死で事件関係者を当たり始めるのであった…。

このTVムーヴィーは、2002年2月8日、フジテレビ系列「金曜エンタテイメント」で放送されました。
脚本を担当したのは、既に『TRICK』第1シーズン(2000、プロデューサー/脚本、テレビ朝日系列)が終了し、第2シーズンが放映中であった蒔田光治氏。最近では、今村昌弘氏原作の映画『屍人荘の殺人』の脚本も手掛けられました。蒔田氏の脚本には、この作品もそうなのですが、そのライトでコメディ風味のその底に、常に人間のどす黒い感情が蠢いているような印象を受け、そのコントラストの烈しさには、驚かされること大なのです。
演出は、『東京メグレ警視』シリーズ、『チェックメイト78』(’78)から田村正和氏と組んだ『ニューヨーク恋物語』(’88)や、米倉涼子氏と組んだテレビ朝日系列『黒革の手帖』以下、松本清張原作のシリーズ等に関わる、大ヴェテランのドラマ演出家・映画監督、藤田明二氏です。
尚、以前、当ブログでご紹介した、『昭和推理傑作選 陰獣 屋根裏にひそむ脅迫者!』('90)も、藤田氏の演出でありました。
【 MEMO 】
この作品は、所謂「2時間サスペンスドラマ」のフォーマットを逆手に取り、また存分に利用して、極めて構築的に組み上げられた、本格ミステリTVムーヴィーの傑作です。

主にバラエティ等で活躍するコメディエンヌ、久本雅美氏を探偵役に据えていますが、彼女の普段と違うシリアスな演技は異色であり、彼女抜きにはこのドラマは成立しないほどの、必要不可欠な「ハマり役」世話焼き女房的ヒロインです。(笑)
お笑い芸人の舞台裏における殺人事件を描き、かつ生瀬勝久氏、板尾創路氏というキャスティングも、観客をして油断させる為の、計算された布石だったのでありましょう。
(若き日の宮川大輔氏が出演しているのもご愛敬。)

この作品のプロットの骨格については、かのウィリアム・アイリッシュ著『幻の女』や、ケネス・フィアリング著『大時計』等の着想が、その下敷きとなっていると思われます。
序盤は、「半田俊治が殺人事件に遭遇した夜、アリバイを立証すべき目撃者が彼を見ていないと証言し、そしてたまたま訪れた会社が、次の日には消えている。」という不可解な謎が提示され、そのうえで「アリバイを立証できず、殺人犯人として逮捕された、半田俊治の嫌疑を晴らす為に、独自の捜査を開始する探偵役・金子かおる」という、ふたつの段階を踏む流れとなっています。本間の死体を発見するまで、半田の主観で物語が進む為、その裏で進行していた「殺人プロット」より、「半田が遭遇した不可解な謎」により意識がミスリードされる…。
『生きていた男』やロベール・トマの『罠』、さらにレヴィンソン&リンクの『殺しのリハーサル』とも相似形を為す、魅力的な謎を含む「外殻部」のプロットを進行させ、観客(視聴者)に強烈に感情移入させることで、「真のプロット」をその意識から遠退け、覆い隠すメソッドが使用されているのです。

そして、探偵役・金子かおるが事件関係者を探し出し、会うたびに、その目撃者が消される(自殺もあるが)展開は『幻の女』そのものであり、彼女が最初に会ってから、死体が発見されるまでの時間経過を示すカット割りや画角も、後から観返すと極めてさりげなく、計算し尽くされていることが判ります。
まさに、アガサ・クリスティー『アクロイド殺し』的な、「映像による叙述トリック」とも言えましょう。
また、かおるが必死で捜査する背景に、鳥羽(板尾創路)が怪しげに姿を見せるカットや、シリアスな演技が時々ぎこちない久本雅美氏の表情までが、終盤の解決篇へと、すべてが収斂していく美しさは、比類が無い。
被害者の傍らに落ちた「安物のペンダント」が、発覚のヒントになり、また人間ドラマとしての重大な軛になる展開も素晴らしかった。

(故)夏八木勲氏演じる橋爪刑事は、出番はそれほど多くないものの、厳しさと滋味を湛えた絶妙さであり、終盤で犯人に掛ける「罠」も巧妙で、まるで英国の本格ミステリ舞台劇から抜け出してきたようなイメージを抱きました。
橋爪刑事の活躍する別のストーリーも、ぜひ観てみたいと思わせる、存在感でありました。

…そして、やはり最大の謎、「赤い服の女」。
これは『幻の女』における「奇妙な帽子を被った女」を匂わせ、『赤い影』(’83)の「真っ赤なレインコートの少女」すら連想させる不気味な存在であり、探偵役の金子かおるが、必死に追い続けた目撃者でした。犯人が判明し、事件が終結した後に、駄目押しのように明かされる、この「謎」が、絶妙に事件の全容を象徴していて、圧巻のクライマックスでした。

金子かおるが半田と事件について語り合い、秘めたるその想いを打ち明けるラストは、彼らの築いてきた下積み等、苦楽の道程を感じさせ、切ないのです。そういった意味では、レヴィンソン&リンクが好んだ「バックステージもの」と通ずる趣きもあり、僕にとっても、大変に愛すべき作品なのでした。
この作品、《 2 》は残念ながら作られませんでしたが、スリートップの2人を見つめる、かおるの温かい眼差しに、もし続きがあったら良かったのに…と思わせる幕切れでありました。
それでは、また。

(TVガイド 2002年 2.2-2.8 号)
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なるほど、『古畑、風邪をひく』もそうでしたね、思いつきませんでした。流石です!
何とも、哀愁漂う作品でもありますよね。そんなラストにも、惹かれるのです。ぜひ、またいらしてくださいね。お待ちしております♪
>せぷていさん
>
>大変面白い作品でした! 次々と出てくる小出しの謎がワクワクな展開で引き込まれ、巧みな構成と演出によるミスリードが上手く最後はビックリしました‼ キャストの皆さんハマり役で世界観にどっぷりと浸かれます。拘置所で金子が半田に見せる新聞の切り抜き記事の台詞が印象に残ります。”誰も目撃者がいない”という謎は『バルカン超特急』や、松澤一之さんが同じくバーテンダー役で出演した『古畑、風邪をひく』を思い出しました。素敵な作品を紹介してくださり、ありがとうございます!