R・レヴィンソン&W・リンクの世界(16)ザ・クロニクル・オブ・レヴィンソン&リンク

R・レヴィンソン&W・リンクの世界(16)

The Chronicle of Richard Levinson&William Link

ザ・クロニクル・オブ・リチャード・ヴィンソン&ウィリアム・ンク

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- The chronicle of their lives and works.

~リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク年代記~

(2023.10.29. 更新)


 皆様、こんばんは。
 めとろんです。

 かの有名な「刑事コロンボ」の原作者、ウィリアム・リンク&リチャード・レヴィンソンの作品を、ぼくの感想をまじえてご紹介する「W・リンク&R・レヴィンソンの世界」

 1985年3月23日(土)、NHK総合で放送された『殺しのリハーサル』
 ぼくは、中学を卒業した春休み。高校進学への期待と漠然とした不安の、宙ぶらりんな日々。そんな、茫漠とした人生において、何処にも所属せず、何処の誰でもない、ちょっとした空白の谷間に、突如として出現した衝撃。
 あの日の感動とともに、胸に刻まれた「リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク」の名前。
 極東にひっそりと暮らす、ひとりの少年にとって、生涯忘れ得ぬ出会いでした。
 
 ーあれから早幾年、40年近く経っても、いまだに彼らの作品と生涯を、追いかけています。



 この項は、「ザ・クロニクル・オブ・レヴィンソン&リンク」と題し、彼ら2人が「刑事コロンボ」に行き着くまでの歩みを、年代記風に綴っていく試みです。
 膨大な既存のデータも、バラバラの状態ではその一つひとつの相互関係が掴めません。年表形式で事実を並べ、俯瞰的に眺めてみることで、新たな発見が期待できると思います。



The Chronicle of
Richard Levinson & William Link


ザ・クロニクル・オブ・
リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク




【 概要 】

「刑事コロンボ」原作者の肖像
COLUMBO : Portrait of the Creators
Vol.1プロローグ
Vol.2出会い~青年期について
Vol.3ミュージカル、Blacke's Magic、本格ミステリ3部作
Vol.4ジェシカおばさんの事件簿、そして作家としての矜持


【 年代記 】

1927年9月16日 ピーター・フォーク生まれる


1929年 ウォール街で株大暴落 大恐慌

1931年 『殺意』フランシス・アイルズ(アントニイ・バークリー)



1933年(昭和8年)
F・D・ルーズベルト大統領就任

エラリイ・クイーン『アメリカ銃の謎』
ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』
E・S・ガードナー『ビロードの爪』
横溝正史『面影双紙』
小栗虫太郎『完全犯罪』




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◇ウィリアム・リンク
William Theodore Link
出生名:ウィリアム・セオドア・リンクJr.
ニックネーム:ビル
12月15日、フィラデルフィアに生まれる。父親は織物関係の仕事を営む


1934年(昭和9年)
エラリイ・クイーン『チャイナ橙の謎』
ジェイムズ・M・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』
レックス・スタウト『毒蛇』
F・W・クロフツ『クロイドン発12時30分』
横溝正史『塙侯爵一家』




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◇リチャード・レヴィンソン
Richard Leighton Levinson
出生名:リチャード・レイトン・レヴィンソン
ニックネーム:ディック
8月7日、フィラデルフィアに生まれる。父親は自動車製品関係の仕事を営む




⇒アボット&コステロの喜劇に笑い、ウォルト・ディズニーを崇拝し、スーパーマンやキャプテン・マーヴェルのコミックスを集め、”サスペンス”等のラジオ・ドラマに胸をときめかせる少年時代を過ごす。

※彼らの別名テッド・レイトンは、双方のミドル・ネームを合体させた名前であった。
 Theodore=Teddy+Leighton
 この別名義を使う際は、彼らが納得出来ない経緯を辿った作品であると考えると、洗礼名や家系に関する事が多いミドル・ネームを引用した意味は、深いかも知れない。

◎Philadelphia
フィラデルフィア


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アメリカ合衆国ペンシルバニア州にあり、州最大の都市。
市域人口は約150万人で全米第5位。ペンシルバニア大学やドレクセル大学を抱える、全米でも最大の学生人口を持つ都市のひとつである。

⇒フィラデルフィアは、ニューヨークから約150km。自動車で1時間半程度の距離-これが、レヴィンソン&リンクがニューヨーク、そしてブロードウェイに持ったであろう"距離感"である。




【 歴史 】

アメリカはイングランドの植民地とみなされ、国王チャールズ2世の支配が一段と厳しさを増していた時代。1681年イングランドで投獄されていたクエーカー教徒のウイリアム・ペンは、父親がイングランド国王チャールズ2世への借金の肩代わりにデラウェア川の西側の土地を得て入植。そこは「ペンシルバニア」(ペンの森の意)と呼ばれるようになり、街はフィラデルフィア(City of Brotherly Love)と名付けられた。

宗教弾圧の嵐の中、イングランドで何度も投獄された経験から、人々には自由を謳歌して欲しいと願ったペンの思想に共鳴し、宗教弾圧を受けていた多くの人々がフィラデルフィアに集まった。ウイリアム・ペンはネイティブアメリカンや他の入植者達を平等に扱い、フィラデルフィアは18世紀中盤、英語圏ではロンドンに次ぐ大都市へと発展した。

そして、自由を愛するフィラデルフィアの民衆の間で独立の気運が起こり、独立戦争が始まる。合衆国独立を賭けた第1回、大陸会議が1774年、Carpenters' Hall(カーペンターホール)で開かれ、Independence Hall(独立記念館)で、トーマスジェファーソン起草の独立宣言文に7月4日に署名、独立宣言がなされた。町中に「自由の鐘」が高らかに鳴り響いたと言われ、現在、その鐘はLiberty Bell Centerに保管されている。

そして、1787年には、憲法制定会議が行われた。
またフィラデルフィアは、現在のワシントンD.C.が建設される前の1790年から1800年まではアメリカ合衆国の首都であった。「アメリカ合衆国発祥の地」と言われる所以である。

⇒リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクの持つ信仰については資料がなく定かではない。

しかし、おそらく2人は、フィラデルフィアの『アメリカ民主主義の原点』と言われる誇り高き歴史と、そこから生まれた"自由"で"リベラル"な気風を、幼少期から空気のように自然に呼吸していたであろう。

と共に、都市の起源に関わるが故に浸透していたクエーカー教徒の平等・非暴力・平和思想への指向が、彼らの作品群に多大な影響を及ぼしていると考えられる。

※クエーカー(=キリスト友会。クエーカーとは俗称。会員は友会徒と呼ぶ)は、17世紀中盤のイングランドで、ジョージ・フォックスが創設した教派。地域差もあり、教義についてここで単純に述べることは出来ないが、敢えて述べれば”すべての人の心の中の神の力=「内なる光」「内なるキリスト」を信じ、キリストとの直接の交りを体験することを目的とした学習、祈り、瞑想を重視。絶対平和主義、差別撤廃、非戦、非暴力をその信条とする。”とのことであり、クエーカー教徒はピューリタン派を初めとするイングランドの教会や社会より迫害された。



1940年~1953年
1941年12月7日 日本軍による真珠湾攻撃



1944年 『深夜の告白』
6月6日 連合軍がノルマンディー上陸

1945年 8月6日 広島に原爆投下

8月9日 長崎に原爆投下

8月15日 日本降伏 第二次世界大戦終結


1946年 『暗い鏡』
(ロバート・シオドマク監督、トーマス・ミッチェル出演)

12月5日 黒人の市民権に関する、大統領諮問機関設置


1950年6月25日 朝鮮戦争勃発(ジョー・マニックス従軍)


1951年9月8日 対日サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約調印

1953年7月27日 朝鮮休戦協定調印


◇フィラデルフィア郊外にある、エルキンズ・パーク・ジュニア・ハイスクールの新学期第一日目に出会う。
「即座に我々は、一番の親友になった」(リンク)

⇒2人はミステリー、マジック、映画・舞台が大好き。ジョン・ディクスン・カーやエラリイ・クイーン、アール・スタンリー・ガードナー、ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー等を読み漁った。

⇒フィラデルフィアは、ブロードウェイの試演が盛んで、2人は数え切れない程の舞台劇(「セールスマンの死」等)、ミュージカルを楽しんだ。また、近所の映画館に通い、ジャック・ベニー(「生きるべきか死ぬべきか」'42)、エドガー・バーゲン(「子ぐま物語」'47)、「イヴの総て」や「雨に唄えば」等が好きだった。

⇒大戦中、アメリカで一般的だったワイヤー・レコーダーを親にねだって”教育的目的”の為に買ってもらった。やがて、2人でカール・シオドマク原作の『ドノヴァンの脳髄』等のラジオ・ドラマの脚本を執筆し、友達をキャスティングして、地下室でレコーディングするようになる。そのうち、サウンド・エフェクトや劇中音楽(リムスキー=コルサコフ作曲の「シェヘラザード」やミクロス・ローザ「白い恐怖」のサントラをよく使用した)にも凝るようになった。2人の家がティーンエイジャー達で一杯になると、たくさんの軽食を作ってくれるよう、彼らは母親を巧みに促した。「そんな時、突然に我々はプロデューサーになった」(”STAY TUNED”)

◇チェルテナム・ハイスクールに進学
⇒エドガー・アラン・ポーやO・ヘンリーに影響されたような、陰鬱で、サプライズド・エンディングを持った短編作品を、コンテストに応募したりした。また、ロス・マクドナルドやウェイド・ミラー(「罪ある傍観者」Guilty Bystander'47)への敬慕から、いくつかの私立探偵小説を執筆し、『ニューヨーカー』から『サタデイ・イヴニング・ポスト』まで作品を送ったが、全てつき返された。

The House of Cards (「カードの家」) ―未発表
Queer Street (「クイーア・ストリート」) ―未発表
 この2作品はカリフォルニアが舞台で、同じ私立探偵を主人公にしたシリーズ物

The Mystery Writers of America Case(「アメリカ探偵作家クラブ事件」)-1947or48 未発表
 「登場人物はクイーンとカー、アンソニー・バウチャーたちで、不可能犯罪をみんなで解き明かすというものだった。EQMMから原稿が返って来て、そこには“面白いアイデアですが、まだ展開が不充分です。”と書かれていた」(レヴィンソン)

⇒高校3年の時、ミュージカル・コメディ”Election Time”の脚本を執筆・演出


◇父親の仕事を継ぐ準備の為に、2人共(偶然に)ペンシルバニア大学に進学

◎University of Pennsylvania
ペンシルバニア大学


無宗派の私立大学で、ベンジャミン・フランクリンが創立者の一人。創立時の校名は「フィラデルフィア・アカデミー」。「大学 University」と公式に名付けられた最初の教育機関でもある。アイビーリーグの一つで、全米ベスト2のウォートン校は世界的にも有名。


1954年(昭和29年)

公立学校の分離(人種差別)教育に最高裁、違憲との判決

エルヴィス・プレスリー、デビュー

エラリイ・クイーン『ガラスの村』
横溝正史『幽霊男』『蜃気楼島の情熱』
『ゴジラ』(日本)
『ダイヤルMを廻せ!』(アルフレッド・ヒッチコック監督)



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「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」に短編
「口笛吹いて働こう」
WHISTLE WHILE YOU WORK
が初掲載
(次に彼らの作品が商業誌に売れたのは4年後)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「口笛吹いて働こう」(川副智子/訳)として所収

⇒大学のユーモア誌「ハイボール」を創刊し、「デイリー・ペンシルバニアン」紙の映画評論を担当、学内で上演された”MASK AND WIG”(直訳すれば「仮面とカツラ」。1889年にペンシルバニア大学に設立された、アメリカで最も古い男性のみのミュージカル・コメディ一座)の脚本を執筆
⇒ミステリーへの愛はそのままに、サルトル、カミュ、シェークスピア、サリンジャー等の偉大な作家たちの作品も読むようになる。
2人は、TVドラマの脚本に興味を覚えるようになっていく。

1955年(昭和30年)

12月1日 ローザ・パークス女史 逮捕


1956年(昭和31年)

◇大学卒業
⇒W・リンクは徴兵され、2年間従軍。
⇒R・レヴィンソンは6ヶ月間、予備兵役に就いた後、フィラデルフィアTVに就職。
2人は手紙で親交を続ける。

1957年(昭和32年)

9月4日 アーカンソー州リトルロック市・セントラル高校で人種統合⇒


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「アーカンソー物語」('80)"CRISIS AT CENTRAL HIGH"
※その後、この実話をもとに製作されたTVムーヴィー。当時、大事件として全米に報道されたこの騒動は、2人に大きな衝撃をもたらしたに違いない。

1958年(昭和33年)

エラリイ・クイーン「最後の一撃」



◇リンクの兵役終了後、2人はニューヨークへ移住
「アルフレッド・ヒッチコック・マガジン」や「プレイボーイ」誌に短編小説を執筆。

⇒彼らの共同脚本がカナダ放送のアンソロジー・ドラマ「GENERAL MOTORS PRESENTS」で初放映(クリスマス・イヴに、彼らのエージェントの助手から撮影終了のパーティーに呼ばれ、上記の番組に脚本が一つ売れたと告げられた2人だったが、この番組を彼らは聞いたことがなかった。カナダの番組だから当然で、このドラマはアメリカでは放映されなかった。
「友達も家族も観ることできず、フラストレイションを感じた」(from”STAY TUNED”)



1959年(昭和34年)

9月15日 米ソ首脳が会談、緊張緩和で合意する


◇1月18日放映
General Motors Presents (1952–1961)
「Face to Remember」(彼らのTVドラマ処女作)


◇短編『Child’s Play 』
 ( Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 1月号掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「子どもの戯れ」(高橋知子/訳)として所収

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◇3月23日放映
『デジル劇場』(CBS、'58~'60 アンソロジー・ドラマ)
「CHAIN OF COMMAND」
(のちに『刑事コロンボ 構想の死角』で被害者ジェームス・フェリスを演ずるマーティン・ミルナー、ヒュー・オブライエン出演。1959年3月23日放送)の脚本で、米TVガイド誌から「'58~'59シーズンの最高傑作」と評される


◇4月5日放映
General Motors Presents (1952–1961)
「Man with a Rope」


夏、ロサンゼルスに移住。フリーランスの脚本家に


『ハワイアン・アイ』『シュガー・フット』(’57 ウィル・ハッチンスン主演の西部劇シリーズ)『サンセット77』『バーボン・ストリート』(’59 アンドリュー・ダガン主演、ニューオリンズを舞台にしたアクションドラマ)、等の脚本を執筆


◇俳優ディック・パウエルがつくったTV映画製作会社フォー・スター・テレヴィジョン(当時、ハリウッドで最も忙しいスタジオの一つと言われていた)と2年契約した。会社名はCBSで'52~'56年まで放送された『スター誕生』"Four Star Playhouse"に由来する。
彼らは番組から番組へ、ある時は脚本家、ある時は脚本修正人(script doctor)、ある時は音響に、ある時は編集室に、ある時は工具店、特殊撮影に…と、”トラブルシューター”のような役割を担った。とはいえ、あくまでメインは脚本家。
『名探偵ダイヤモンド』('57)、『探偵マイケル』('60)、『ジューン・アリスンと共に』('59)の脚本を執筆した。


◇短編『Shooting Script』
(Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 4月号掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「夢で殺しましょう」(木村二郎/訳)として所収


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◇短編『Suddenly, There Was Mrs. Kemp』
(Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 4月号掲載、テッド・レイトン名義)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「ミセス・ケンプが見ていた」(川副智子/訳)として所収


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◇短編『Operation Staying-Alive 』
(Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 7月号掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「生き残り作戦」(仁木めぐみ/訳)として所収


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◇短編『The Hundred-Dollar Bird’s Nest』
(Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 8月号掲載、テッド・レイトン名義)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「鳥の巣百ドル」(上條ひろみ/訳)として所収


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◇短編『One for the Road』
(Escapade 1959年8月号 掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「最後のギャンブル」(中井京子/訳)として所収


◇短編『Robbery, Robbery, Robbery』
(Alfred Hitchcock's Mystery Magazine8月号掲載、ハヤカワミステリマガジン2011年11月号に『強盗/強盗』として、仁木めぐみ/翻訳掲載。)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「強盗/強盗/強盗」(仁木めぐみ/訳)として所収
『フランス式十戒』LE DIABLE et les dix commandements (第6話『汝、盗むなかれ』の原作 1962年9月14日フランス公開 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)


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◇短編『Memory Game 』
(Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 9月号掲載、テッド・レイトン名義)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「記憶力ゲーム」(小堀さとみ/訳)として所収


◇短編『One Bad Winter Day』
「ある寒い冬の日に」
(Alfred Hitchcock's Mystery Magazine9月号掲載、木村二郎:訳 ミステリマガジン1985年1 月号 No.345 掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「ある寒い冬の日に」(木村二郎/訳)として所収


◇短編『GHOST STORY』(怪談)
(Escapade10月掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「幽霊の物語」(上條ひろみ/訳)として所収


◇短編『ジョーン・クラブ』"THE JOAN CLUB"
(PLAYBOY11月号掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「ジョーン・クラブ」(浅倉久志/訳)として所収


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◇12月27日放映
The Rebel (「西部の反逆児」)

ニック・アダムス主演の西部劇TVシリーズ
第1シーズン・12話 "Gun City"
演出:アービン・カーシュナー
⇒後の、代表作の一つ"The Gun"のルーツとなる、"アンチ・銃"の物語。2人の書いた"衝撃的な結末"は改変され、毒にも薬にもならない代物にされてしまった。

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⇒当ブログ"The Gun"(「ザ・ガン/運命の銃弾」)の項参照


1960年(昭和35年)

5月1日 U2偵察機がソ連領空で撃墜

6月『太陽がいっぱい』(ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演)公開

11月8日 ジョン・F・ケネディが大統領選に勝利



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3月
◇「アルフレッド・ヒッチコック・マガジン」3月号
掲載タイトル
DEAR CORPUS DELICTI
(「愛しの罪体《犯罪の実質的事実》」)


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『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「愛しい死体」(上條ひろみ/訳)として所収



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同年7月31日放映
◇NBC『The Chevy Mystery Show』(60分の生ドラマ・シリーズ)の1編
Enough Rope
(第1シーズン、第10話)

◎初めて、「コロンボ」という名が登場

※フォー・スター・テレヴィジョンを退社


◇短編『Who Is Jessica? 』
(Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 8月号掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「ジェシカって誰?」(高橋知子/訳)として所収


◆11月11日放映
『探偵マイケル』Michael Shayne
エピソード6「Shoot the Works」

◆11月25日放映
『探偵マイケル』Michael Shayne
エピソード8「This Is It, Michael Shayne 」

◆12月30日放映
『探偵マイケル』Michael Shayne
エピソード13「Murder in Wonderland」

1961年(昭和36年)

◆1月27日放映
『探偵マイケル』Michael Shayne
エピソード17「The Badge」

◆2月17日放映
『探偵マイケル』Michael Shayne
エピソード20「Four Lethal Ladies」

◆5月19日放映
『探偵マイケル』Michael Shayne
エピソード32「Dead Air」

※彼らは、脚本を担当したTVドラマ版『第三の男』の原作者、グレアム・グリーンの作家としての「在り方」を指標とすることにした。
グレアム・グリーンは所謂シリアスな作品と、エンタテインメントな作品の二つの系統を立て分けて執筆している。2人は触発され、1年間のうち半年をニューヨークでの舞台劇執筆にあて、残りの半年をロサンゼルスでのTVドラマ執筆にあてるという、二重生活を始めようと決意する(この計画は実質的に挫折することになる)

◇彼らは、ニューヨークでの記念すべき舞台第一作として、まずはコマーシャルなスリラーを執筆することにした。それが、舞台劇「殺人処方箋」である。

驚くべきことに、幾つもの大ヒットをもつ敏腕プロデューサー、ポール・グレゴリーが、2人がロサンゼルスに戻る3日前に、この脚本に目をつけて連絡をしてきた。
この推理劇は半年後に、サンフランシスコで初演('62年1月2日)されることになる。


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短編『記憶喪失』"no name, address, identify"
(ALFRED HITCHCOCK'S MYSTERY MAGAZINE 7月号)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「氏名不明、住所不明、身元不明」(高橋知子/訳)として所収


◇短編『Small Accident』
(The University of Kansas Review No.28 1961 掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「ちょっとした事故」(木村二郎/訳)として所収


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12月12日放映
◇『ヒッチコック劇場』第7シーズン
Services Rendered「提供されたサービス」
原作:『記憶喪失』no name, address, identify
( Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 1961年7月号掲載、 ヒッチコックマガジン(Hitchcock Magazine)1961/11月号 No.28 掲載)

★自身の短編『記憶喪失』を映像化したヒッチコック劇場"Services Rendered"は、原作の冒頭にある交通事故を、工事現場の事故に変更した以外は、ほぼ原作に忠実である。
前半は、酔っ払いのオジさんをコメディリリーフとして登場させている。面白いが、物語の方向を悪戯に分散させてしまったとも思われる。ラストは少々唐突で、もう少しタメを作った方が効果的であった。最後のヒッチの寸劇が本編より面白いかもしれない。


12月19日
『ポケット一杯の幸福』
Pocketful of Miracles 公開
(フランク・キャプラ監督)

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※舞台劇『殺人処方箋』のコロンボ役のトーマス・ミッチェルピーター・フォークが共演



1962年(昭和37年)

10月15日~28日
キューバ危機発生


短編『一区切り』"the end of an era"
(ALFRED HITCHCOCK'S MYSTERY MAGAZINE 1月号)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「歴史の一区切り」(後藤安彦/訳)として所収


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舞台劇
『Prescription:Murder』
(「殺人処方箋」)

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劇団フーダニット第20回公演『殺人処方箋 ~刑事コロンボ登場~』
  Prescription: Murder


◇この時期、半年間とあてたロサンゼルスで2人が手がけた作品-
『ザ・ローグス』('64 ギグ・ヤング主演の60分泥棒ドラマ)、『Dr.キルデア』('61 リチャード・チェンバレン主演)、『0011/ナポレオン・ソロ』、『ヒッチコック劇場』、『バークにまかせろ』等


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3月13日放映
◇『ヒッチコック劇場』第7シーズン
Profit-Sharing Plan「利益配分計画」

原作:一区切りthe end of an era('61)
★つましく生きてきたサラリーマンのマイルスは、会社の金を盗み、愛人と逃亡を図るが…。
原作にない愛人を設定し、オチの説得力と哀愁を強化している。特にラストは映像ならではの変更で、より分かりやすい形になっているのが嬉しい。原作のエッセンスが生きた、なかなかの傑作である。


◇短編『アパートの水族館』"top-flight aquarium"
(ALFRED HITCHCOCK'S MYSTERY MAGAZINE 4月号掲載、 ヒッチコックマガジン6月号 No.35 掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「最高の水族館」(後藤安彦/訳)として所収


◇短編『Exit Line』
(Alfred Hitchcock’s Mystery Magazine 6月号掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「最後の台詞」(仁木めぐみ/訳)として所収


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妻を殺せば(’62)
『DEAR CORPUS DELICTI(愛しい死体)』
 ※本邦初訳
(ワセダミステリクラブの学内誌『PHOENIX(フェニックス)』28号掲載)



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9月14日フランス公開
『フランス式十戒』
LE DIABLE et les dix commandements
(ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)
第6話『汝、盗むなかれ』

⇒彼らの執筆する小説は、出版社からいつも「もっとSEXやエキゾチックな舞台を」と言われたが、無論2人の望むところではなかった。結局、舞台・小説の世界は彼らを失望させた。また『フランス式十戒』で憧れの巨匠ジュリアン・デュヴィヴィエに評価され、短編が原作として採用されたことは大きな励みになったに違いない。"映像の世界"への自信が明確になり、且つ"いち脚本家"としての立場の限界を感じた彼らは、ニューヨーク-ロサンゼルスを股にかけた二重生活に別れを告げることになる。
2人は、遂にカリフォルニアに腰を落ち着け、TVの世界で生きていく決意をするのだ。



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10月18日放映
◇ヒッチコック・アワー
"The Alfred Hitchcock Hour"
第1シーズン第5話
「ある殺人計画」
Captive Audience


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11月22日放映
◇ヒッチコック・アワー
"The Alfred Hitchcock Hour"
第1シーズン第10話
「審判の下る日」
Day of Reckoning


12月17日
◇トーマス・ミッチェル氏、癌で亡くなる




1963年(昭和38年)

8月28日 ワシントン大行進
マーティン・ルーサー・キング牧師による
"I have a dream"の演説


11月22日 ケネディ大統領暗殺




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5月10日放映
◇ヒッチコック・アワー
"The Alfred Hitchcock Hour"

第1シーズン第30話
「身の上相談」
Dear Uncle George

「ジョージ叔父さんの身の上相談」を担当しているジョンはある投書から妻が浮気していることに気づき殺してしまい、風采の上がらぬ警部補に追い詰められる。
犯人役はTVM『Prescription:Murder』(「殺人処方箋」)で犯人Dr.レイ・フレミング役を演じることになる、ジーン・バリー。
⇒『ヒッチコック劇場』を一冊にまとめた本「ALFRED HITCHCOCK PRESENTS」によると、このエピソードが『刑事コロンボ』の原型となったとある。

◇『ヒッチコック劇場』の監督、プロデューサーを務めた、俳優のノーマン・ロイド(『刑事コロンボ』第一シーズン「もう一つの鍵」を監督。『逃走迷路』で、自由の女神から落ちるあの方です)に、リンク&レヴィンソンが幾度となく『刑事コロンボ』の企画を持ち込み、断られたという。



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5月11日
◇『第三の男』The Third Man
A Diamond in the Rough
第4シーズン第7話

BBC(英国放送協会)TV 製作、グレアム・グリーン原作の名作映画『第三の男』のTVシリーズ。
美術商の悪漢、ハリー・ライムが、ブラッドフォード・ウェブスター(ジョナサン・ハリス)を助手に、命懸けで犯罪を暴くピカレスク・ロマン。ハリー・ライム役に、ロバート・ワイズ監督『地球の静止する日』(1951)の宇宙人役、ジョン・ディクスン・カーによるラジオ・ドラマ『B13号船室』が原作の映画『Dangerous Crossing』(1953)に出演したマイケル・レニーが扮する。
リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクは、2エピソードの脚本を担当した。


7月27日
◇『第三の男』The Third Man
Ghost Town
第4シーズン第13話



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11月8日放映
◇ヒッチコック・アワー
『落とし穴』
Nothing Ever Happens in Linvale



1964年(昭和39年)


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3月6日放映
◇ヒッチコック・アワー
『独り舞台』
Murder Case


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9月28日放映
『逃亡者』The Fugitive
The Tiger Left,Tiger Right
『左も右も虎』シーズン2 第6話


10月14日放映
『バークにまかせろ』Burke's Law
Who Killed Everybody?
シーズン2 第5話


11月3日 リンドン・ジョンソン大統領当選



12月2日放映

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『バークにまかせろ』Burke's Law
Who Killed Merlin the Great?
シーズン2 第11話



1965年(昭和40年)

2月 ジョンソン大統領、北ヴェトナムへの爆撃を本格化



1月13日放映
『バークにまかせろ』Burke's Law
Who Killed Mother Goose?
シーズン2 第17話


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10月20日放送
『逃亡者』The Fugitive
Crack in a Crystal Ball
『砕けた水晶球』シーズン3 第3話


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12月10日放送
『ハニーにおまかせ』 Honey West
The Gray Lady
シーズン1 第13話
演出:ウォルター・グローマン
 父の死後、ハニー・ウェストは彼のハイテク探偵事務所を引き継ぎ、無骨なサム・ボルト(ジョン・エリクソン)とペット、ブルースと協力して、数々の難事件を解決していく。
 ハニー・ウェストは、ハリウッドセレブの女優が、試写会イベント出席中に、泥棒から宝石を盗まれそうになるのを押さえるが、惜しくも取り逃がしてしまう。名誉挽回を賭けて、彼女は宝石泥棒を捕まえようと奮闘する…!
 エドガー賞のTVシリーズ・最優秀エピソード部門にノミネートされた。



12月17日放送
『ハニーにおまかせ』 Honey West
Invitation to Limbo
シーズン1 第14話


1966年(昭和41年)
・エドガー賞(Edgar Allan Poe Awards)
Best Episode in a TV Series ノミネート…レヴィンソン、リンク 『ハニーにおまかせ Honey West』episode 「The Gray Lady」



◇短編『The Man in the Lobby 』
(Alfred Hitchcock's Mystery Magazine 6月号掲載、川副智子:訳 ミステリマガジン2000年4 月号 No.529 掲載)
『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)に「ロビーにいた男」(川副智子/訳)として所収


4月8日
『ハニーにおまかせ』 Honey West
An Eerie, Airy, Thing
シーズン1 第30話(最終話)



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9月15日~1967年1月19日
『ジェリコ』Jericho
リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク原案の、戦争アクションTVシリーズ。
スパイ・ブームの中、『スパイ大作戦』Mission: Impossible と、ほぼ同時期にスタート。プロフェッショナルな米・仏・英3人組のスパイ・チーム「ジェリコ」による、痛快なミッション達成ドラマだったが、1シーズン16話で終了した。



1967年(昭和42年)

◇TVムーヴィーの草分けであるユニヴァーサルが、優れた脚本を探していることを受け、2人はTV用に書き直した、「殺人処方箋」を提出した。


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9月16日
『マニックス』 放映開始
Mannix
(その後「鬼探偵マニックス」「新マニックス」「マニックス特捜網」)

第1シーズン・第1話
"The Name Is Mannix"

 リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクが企画した、ハイテク探偵社「インターテクト」の敏腕調査員、マニックス(マイク・コナーズ)の活躍を描く、1話60分のアクション・ドラマ・シリーズ。
 第1シーズンでは、ウィッカーシャム部長(ジョゼフ・カンパネラ)から指令される任務に就いていたマニックスだが、視聴率が伸び悩み、第2シーズンからは、退職して私立探偵として活動するようになった。

 警官であった夫が殉職した設定の秘書ペギー(ゲイル・フィッシャー)、アダム・トバイアス警部補(ロバート・リード)をレギュラーとして、8シーズン194エピソードに渡って'75年まで続いた。
 マイク・コナーズの吹き替えは、最初は納谷悟朗、後に「刑事コロンボ」の名犯人ジャック・キャシディの声をアテた田口計氏。

 レヴィンソン&リンクの、一方の嗜好である、ハードボイルド路線の最大の成功作である。



1968年(昭和43年)

1月30日 北ヴェトナム軍のテト攻勢


4月4日 キング牧師暗殺


4月20日
リチャード・レヴィンソン、女優のロザンナ・ハフマンと結婚


6月6日 ロバート・F・ケネディ暗殺(ジョン・F・ケネディの実弟)
民主党の大統領候補指名選のキャンペーン中に、
ロサンゼルスのアンバサダーホテルで銃撃(5日)され、
6日の早朝に死亡⇒"The Gun"の直接のヒントとなった事件
⇒当ブログ"The Gun"(「ザ・ガン/運命の銃弾」)の項参照

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10月31日 北爆の全面停止声明

11月5日 リチャード・ニクソンが大統領選に勝利




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◇2月20日放映
TVムーヴィー
『Prescription:Murder』
(「殺人処方箋」)


◇ユニヴァーサル・スタジオと専属契約(~’77)

(以下、彼らの自伝"Stay Tuned"からの引用-)

"「殺人処方箋」が放送された時、舞台版で我々を困らせた問題の大部分が、直っているか確認する為に、客観的な目で鑑賞した。しかし我々は、フォークの演技の連続に、程なく時計のゼンマイ仕掛けの一片を忘れた。彼は予想外に面白かった。
彼はトリュフをかぎつけた犬のような役回りで詮索しまわったり、我々の舞台におけるオーバーコートの代わりに、自身のしわが寄った古いレインコートを好んで用いた。批評は実物以上に好意的であり、極めて重要である視聴率は、その頃作られたTV映画の中で、トップ10入りを果たしたのである。"

"その為、ユニヴァーサルが我々に契約を申し出たことは、驚くことではなかった。
我々は彼らに感謝し、そして丁寧に断った。 フォー・スター・フィルムズでの、番組から番組へ跳ね回り、脚本に手を加え、書き直すことの繰り返しだった経験から、我々自身をそこに縛り付けることは、無意味に思われたのだ。そのうえ、ユニヴァーサルには、そのスタイルや内容に、敬意を示されない価値の作品を、ぞくぞくと製造している"ソーセージ工場”と業界から評されていた。
けれども時間の経過につれて、我々は再考し始めた。 ヒッチコックの番組はユニヴァーサルで撮影されていたが、我々の見解では、それ以上のシリーズの大部分のカットは、フォックス、ワーナー・ブラザーズとインディペンデント会社の多くによって作られていた。 また、我々はスタジオの「殺人処方箋」の取り扱いについて、不満は無かった。そしてそれが、"ソーセージ工場”であったか否かにかかわらず、2時間のTVムーヴィーに関する限り、ユニヴァーサルはまだハリウッドで最も大きい作り手であった。スタジオが、NBCからより多くの契約を持っているという噂さえあった。
多分、もし申し出を受け入れたなら、やがて自分たちのTVムーヴィーを作ることができるかもしれない。もしことがうまくいかなかったなら、我々の選択は、損なく12カ月でやめることもできるだろう。
我々は幸先の良いことを祈り、点線の上に署名した。"

◆10月4日放映
The Name of the Game
シーズン1エピソード3「The Taker」

◇10月22日放映

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『イスタンブール特急』
Istanbul Express

◇10月25日放映
The Name of the Game
シーズン1エピソード6「Incident in Berlin」

◎"我々の作品"と呼べるようなTVムーヴィーを作りたい、という希望を持つ2人は、その足掛かりとして、幾つものTVムーヴィー作品の原案や脚本に関わっていきます。



1969年(昭和44年)

6月8日 ニクソン大統領、ヴェトナムからの段階的撤兵を発表


7月20日 アポロ11号、月面着陸に成功



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1月18日放映
『Trial Run』

監督:ウィリアム・A・グラハム
原案:R・レヴィンソン&W・リンク
脚本:チェスター・クラムホルツ
出演:ジェームズ・フランシスカス、レスリー・ニールセン、ダイアン・ベイカー
⇒野心家の若い弁護士ルイス・コールマン(ジェームズ・フランシスカス)は、出世のために雇用主である有名な弁護士ジェイソン(レスリー・ニールセン)に留まらず、長い間、自身の幸福を犠牲にして彼に尽した秘書キャロル(ダイアン・ベイカー)をも利用する。"盲目的な野心"が行き着く先を描いた、現実的で皮肉な作品。



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3月11日放映
『The Whole World is Watching』

リチャード・A・コーラ監督
脚本:R・レヴィンソン&W・リンク
出演:バール・アイヴス、ジェームズ・ファレンティノ、ジョゼフ・カンパネラ、ハル・ホルブルック
⇒バール・アイブズ、ジョセフ・カンパネラ、ジェームズ・ファレンティノの3名が共同経営する、法律事務所を舞台にしたTVドラマ・シリーズ"The Bold Ones"のパイロット。大学紛争のさ中、警官を殺した学生運動家ギル・バネット(リック・エリー)の訴訟を引き受けるが、彼は運動の宣伝に夢中で、裁判において防御を拒否する。
弁護士たちには、最終的に1つの選択肢しか残されていなかった。唯一の目撃者-今だ沈黙を守る、過激な運動家-を、何としても探し出すことである!



1970年(昭和45年)
・プライムタイム・エミー賞(Primetime Emmy)
Outstanding Writing Achievement in Drama 受賞…レヴィンソン、リンク『いとしのチャーリー』
Outstanding Dramatic Program ノミネート…レヴィンソン、リンク、ボブ・バナー(製作総指揮)『いとしのチャーリー』


4月30日 米軍、カンボジア侵攻



1月20日放映

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『いとしのチャーリー』
My Sweet Charlie


2月17日放映
『警部マクロード ミス・アメリカ殺人事件』
McCloud: Who killed Miss U.S.A.?


12月14日放映

『ドクター・ホイットマン The Psychiatrist』

パイロット
「God Bless the Children」

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 『ドクター・ホイットマン The Psychiatrist』(1971年2月3日~3月10日放送)は、若き精神科医を描いたアメリカのTVドラマシリーズ。主人公のジェームズ・ホイットマン医師(ロイ・シネス)、ホイットマンの同僚である年配の精神科医、バーナード・アルトマン博士(ルーサー・アドラー)他がレギュラー・メンバーである。
 このシリーズのパイロット版が、1970年12月14日に放映されたTVムーヴィー「The Psychiatrist: God Bless the Children(精神科医)」である。ピート・デュエル演じる元ジャンキーのケイシー・T.ポーが、2年間の刑期を終えた後、社会復帰のために自身の心や他者の偏見と闘い、その彼を、ホイットマンが精神科医として、必死で支えようとするヒューマン・ドラマ。
 レヴィンソン&リンクはストーリー原案を担当、脚本は『刑事コジャック』等のジェロルド・フリードマン
 NBCで1970年~71年、ホイール形式のシリーズ「Four in One」の一本として、他の『警部マクロード』『ナイト・ギャラリー』『サンフランシスコ大空港』と交互に放送された。『警部マクロード』はその後の新しいホイール・シリーズ「NBCミステリー・ムーヴィー」の一編として選抜され、『ナイト・ギャラリー』は独立したシリーズとなった。他の『サンフランシスコ大空港』『ドクター・ホイットマン』は、残念ながら、当初の6話で終了した。 



1971年(昭和46年)

2月 ヴェトナム戦争がラオスに拡大


2月1日放映
『保安官補サム・ヒル』
Who Killed the Mysterious Mr. Foster? 


3月1日放映
『COLUMBO』
 Ransom for a Dead Man

(「刑事コロンボ:死者の身代金」)
シリーズ化にあたってのパイロット版


9月15日放映
『COLUMBO』
 Murder by the Book

(「刑事コロンボ:構想の死角」)
シリーズ開始

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10月5日放映
ピーター・S・フィッシャーの脚本処女作
『The Last Child』


10月6日放映
『COLUMBO』
 Death Lends a Hand

(「刑事コロンボ:指輪の爪あと」)


11月2日放映

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『TWO ON A BENCH』
 

11月19日放映

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『ELLERY QUEEN:
DON'T LOOK BEHIND YOU』

エラリイ・クイーン「青とピンクの紐」(テッド・レイトン名義)
『ヴェリー部長刑事自身の事件』



1972年(昭和47年)
・プライムタイム・エミー賞(Primetime Emmy)
Outstanding Writing Achievement in Drama 受賞…レヴィンソン、リンク『刑事コロンボ/指輪の爪あと』COLUMBO: Death Lends a Hand

Outstanding Series/Outstanding New Series ノミネート…レヴィンソン、リンク(製作総指揮)、エヴェレット・チェンバース(製作)『刑事コロンボ』COLUMBO


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11月1日放映
『That Certain Summer』


12月2日放映
『黒薔薇の女』
The Judge and Jake Wyler



1973年(昭和48年)
・全米脚本家組合賞(WGA Award TV)ノミネート…レヴィンソン、リンク、スティーブン・ボチコ『刑事コロンボ/黒のエチュード』COLUMBO: Etude in Black

・プライムタイム・エミー賞(Primetime Emmy)
Outstanding Single Program - Drama or Comedy/Outstanding Writing Achievement in Drama - オリジナル脚本賞 Original Teleplay ノミネート…レヴィンソン、リンク『That Certain Summer』 




2月12日放映

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『Tenafly』( パイロット)

 『恐怖のメロディ』('71)でクリント・イーストウッドと共演した、ジェームズ・マクイーチン主演の探偵ものTVシリーズのパイロット版。リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクは、製作総指揮と、パイロット版の脚本を担当した。演出は、レヴィンソン&リンクが脚本に参加した『警部マクロード/ミス・アメリカ殺人事件』('70)や、エド・マクベイン原作『複数犯罪』('72)のリチャード・A・コーラ。音楽は、『刑事コロンボ』等でもお馴染みの、ギル・メレ
 舞台はロサンゼルス。アフリカ系アメリカ人のハリー・テナフライ(ジェームズ・マクイーチン)は、元警察官だが、家族のために更なる高収入を求め、大手の「ハイタワー私立探偵事務所」の一員として、事件を解決していく。 
 中流階層の家庭人であるテナフライは、腕っぷしもそれほど強くなく、銃にも頼らない。家族を愛し、危険を避けたい気持ちとは裏腹に、事件のトラブルに巻き込まれていく。
 先駆的な、アフリカ系アメリカ人が主人公のTVシリーズとして企画されたが、1シーズン4エピソードで終了した。



3月31日放映

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『サヴェージ/死を呼ぶスキャンダル』
Savage


10月10日~1974年1月2日放映
『Tenafly』
※1シーズン4エピソードで終了


1974年(昭和49年)
・プライムタイム・エミー賞(Primetime Emmy)
Outstanding Special - Comedy or Drama ノミネート…レヴィンソン、リンク(製作総指揮)、リチャード・デュベルマン(製作)『兵士スロヴィクの銃殺』
Best Writing in Drama - Adaptation- 脚色賞 ノミネート…レヴィンソン、リンク『兵士スロヴィクの銃殺』



3月13日放映
『兵士スロヴィクの銃殺』
The Execution of Private Slovik



11月13日放映

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『ザ・ガン/運命の銃弾』
The Gun



1975年(昭和50年)


2月12日放映

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『A Cry for Help』
ピーター・S・フィッシャー脚本、レヴィンソン&リンクプロデュース



3月23日放映

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『エラリー・クイーン/
美人ファッション・デザイナーの冒険』
(パイロット)
Ellery Queen: Too Many Suspects
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7月10日公開

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『ヒンデンブルグ』
The Hindenburg



9月11日~1976年4月4日
『エラリー・クイーン・ミステリー』
Ellery Queen (TV series)



1976年(昭和51年)



1977年(昭和52年)

1月20日 ジミー・カーター、第39代大統領に就任



6月9日放映

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『縛り首の夜』
Charlie Cobb: Nice Night for a Hanging


7月16日公開

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『ジェット・ローラーコースター』
Rollercoaster


12月5日放映
『The Storyteller』



※この作品を最後に、2人はユニヴァーサルから独立する。



1978年(昭和53年)
・プライムタイム・エミー賞(Primetime Emmy)
Outstanding Writing in a Special Program - Drama or Comedy - オリジナル脚本賞 Original Teleplay ノミネート…レヴィンソン、リンク 『The Storyteller』




1979年(昭和54年)


2月17日放映

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『殺しの演出者』
Murder by Natural Causes



8月26日放映

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『Stone』(パイロット)

『ロックフォードの事件メモ』(1974-80)、『UFO時代のときめき飛行 アメリカン・ヒーロー』(1981-83)、『特攻野郎Aチーム』(1983-87)等のヒットTVシリーズの生みの親であり、『刑事コロンボ』の影の功労者、スティーブン・J・キャネルと、リチャード・レヴィンソン(と、ウィリアム・リンク?IMDbでは、企画がレヴィンソン1名のみになっており、そのあたりは追跡が必要か、)が企画したTVシリーズのパイロット版。演出を担当したのは、『ジェシカおばさんの事件簿』のパイロット版も手掛けたコーリイ・アレン。原案をレヴィンソン&リンクキャネル、脚本をキャネルが担当した。
 主人公は、ジョゼフ・ウォンボーを想起させる、ベストセラー作家でもある警察官、ダニエル・ストーン巡査部長(デニス・ウィーバー)。彼が、警察官としての経験を執筆に活かすことを快く思わない上司、ポールトン署長を演じたのは、後に1989年に始まる『バットマン』シリーズで、ゴードン市警本部長を演じるパット・ヒングル
 シリーズ・レギュラーには、バック・ロジャース刑事役で、主演のデニス・ウィーバーの息子、ロバート・ウィーバーが参加。
 この、『ジェシカおばさんの事件簿』の先駆けのようでもあり、エラリイ・クイーン父子を1人に合体させたかのような設定のTVシリーズは、1シーズン9エピソードで終了した。




1980年(昭和55年)
・エドガー賞(Edgar Allan Poe Awards)
Best Television Feature or Miniseries 受賞…レヴィンソン、リンク 『殺しの演出者』Murder by Natural Causes


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1月14日~3月31日放映
『Stone』



4月22日
『GUILTY CONSCIENCE』初演
The Parker Playhouse
フロリダ州 フォートローダーデール

台本:リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク
演出:ドナルド・ドライヴァー
出演:リチャード・カイリー、ローズマリー・マーフィー、フレッド・J・スコレイ、ベス・オースティン



8月1日公開(USA)

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『ハンター』
The Hunter
脚本
※テッド・レイトン名義、ピーター・ハイアムズと共同



9月5日
ウィリアム・リンク、マージェリー・ネルソンと結婚




1981年(昭和56年)

1月20日 ロナルド・レーガン、第40代大統領に就任


3月30日 レーガン大統領暗殺未遂事件



2月4日放映

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『アーカンソー物語』
Crisis at Central High



6月1日

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リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク著
『Stay Tuned: An Inside Look at the Making of Prime-Time Television 』出版



1982年(昭和57年)


1月15日放映
『Darkroom』
シーズン1エピソード14「Exit Line」
(原作。脚本:ピーター・S・フィッシャー)



3月23日放映

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『殺しのリハーサル』
Rehearsal for Murder
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10月12日放映
『Take Your Best Shot』



1983年(昭和58年)
・エドガー賞(Edgar Allan Poe Awards)
Best Television Feature or Miniseries 受賞…レヴィンソン、リンク 『殺しのリハーサル』Rehearsal for murder



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2月13日~8月7日
ブロードウェイ・ミュージカル
『マーリン』
Merlin
マークヘリンジャー劇場にて初演。


12月7日放映

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『プロトタイプ』
Prototype




1984年(昭和59年)

9月30日~1996年5月19日

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『ジェシカおばさんの事件簿』
Murder, She Wrote
Act.1
黎明期とパイロット
Act.2 シーズン1(中盤まで)
Act.3 シーズン1(承前)
Act.4 シーズン2(中盤まで)


10月20日放映

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『ガーディアン』
The Guardian




1985年(昭和60年)
・ケーブルACE賞(CableACE Award)Movie or Miniseries ノミネート…レヴィンソン、リンク、スタンリー・チェイス(製作総指揮)、ボブ・クーパー(製作) 『ガーディアン』The Guardian

・プライムタイム・エミー賞(Primetime Emmy)
Outstanding Drama Series ノミネート…レヴィンソン、リンク、ピーター・S.フィッシャー(製作総指揮)、ロバート・F・オニール、ダグラス・ベントン(製作)『ジェシカおばさんの事件簿』Murder, She Wrote


・ローレル賞 TV脚本部門 Laurel Award for TV Writing Achievement 受賞… レヴィンソン リンク


4月2日放映

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『ギルティ・コンサイエンス』
Guilty Conscience




1986年(昭和61年)
・エドガー賞(Edgar Allan Poe Awards)
Best Television Feature or Miniseries 受賞…レヴィンソン、リンク 『ギルディ・コンサイエンス』Guilty Conscience




1月5日(~5月5日)

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『Blacke's Magic』

パイロット「Breathing Room」放映

 監督は、『事件記者コルチャック』のパイロットや、異色のフーダニットTVムーヴィー『キルジョイ』を演出した大ヴェテラン、ジョン・L・モクシー。 原題は、『休息の場所』。原案はレヴィンソン&リンク、脚本はピーター・S・フィッシャーの黄金トリオで、マジック+ミステリという念願の企画。
 有名マジシャンのアレキサンダー・ブラック(ハル・リンデン)は危険な脱出マジックの失敗を機に引退。詐欺師兼ギャンブラーの父レオナルド(ハリー・モーガン)、娘の恋人テッド警部補らと共に怪事件に挑む。それは、プールに沈められた棺の中のマジシャンが、窒息死等ではなく、撃ち殺されると いう不可能犯罪。…肝心の謎解きは正直、フィッシャーならもう少し…とも思ったが(特に、重要証拠の提示のタイミング)コロンボの某エピソードを連想させる伏線の妙は流石である。
 優雅さと渋さを兼ね備えた理想的ヒーロー、アレキサンダー・ブラックと、胡散臭い父親のコントラストが楽しく、随所でマジシャンならではの趣向が鮮やかにキマる。催眠術はちょっとやり過ぎかもしれないが…(笑)。派手な空撮に、デヴィッド・ベルの華麗な音楽(絶品!)が被さる冒頭から快調な滑り出しで、続くシリーズに十分期待させる。しかし、少年時代からのマジックファンである、レヴィンソン&リンクの思い入れも深かったに違いないこのシリーズは、残念ながら短命に終わった。


5月4日放映

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『消えた花嫁』
Vanishing Act



11月12日

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『KILLING JESSICA』試演
サヴォイ・シアター(ロンドン)

11月19日開演〜
1987年1月31日閉演

原作:リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『殺しのリハーサル』
台本:デヴィッド・ロジャース
演出:ブライアン・フォーブス
出演:パトリック・マクニー、リズ・ロバートソン他



1987年(昭和62年)


1月25日~

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『Hard Copy』
(全10エピソードで終了)



3月12日
リチャード・レヴィンソン、
米カリフォルニア州ロスアンジェルスにて逝去。





1988年(昭和63年)


1月10日放映

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『アメリカの選択』
Terrorist on Trial: The United States vs. Salim Ajami
( a.k.a. Hostile Witness )


 リチャード・レヴィンソンの遺作。
 子どもを含む米民間人を殺した中東のテロリストリーダー、サリム・アジャミが捕らえられ、米国で裁判に掛けられる。
 彼の行為は「軍事行動」なのか、それとも「殺人」なのか…激突する検察側と弁護側。'88年の作品だが、9.11後の現代にこそ観るべき、予見的な傑作である。




1989年(平成元年)



2月6日放映

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『新・刑事コロンボ』
スタート(~2003年1月30日)
「汚れた超能力 Columbo Goes to the Guillotine」



1990年(平成2年)


10月26日放映
『Over My Dead Body 』(パイロット)
(~1991年、全11エピソード)
原案:デヴィッド・チザム、ウィリアム・リンク
出演:エドワード・ウッドワード、ジェシカ・ランディ他





1991年(平成3年)


4月15日放映

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『The Boys』
( a.k.a. The Guys )

 ウィリアム・リンク脚本、グレン・ジョーダン演出による、リチャード・レヴィンソンへの鎮魂歌的TVムーヴィー。
 レヴィンソンがモデルのウォルター・ファーマー(ジェイムズ・ウッズ)と、リンク自身がモデルのアーチー・マーグリーズ(ジョン・リスゴー)の脚本家コンビが主人公。ウォルターの突然の死の宣告に、アーチーとその家族、周囲の人々が向き合い、その絆をあらためて見つめ合う珠玉の自伝的作品。
 彼らの脚本家としての在り様も興味深いが、何より、その深い友情に感涙必至である。


1994年(平成6年)


3月4日放映

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『新・バークにまかせろ』
Burke's Law

第1シーズン 第6話「Who Killed Alexander the Great?」

 オリジナルのTVシリーズ『バークにまかせろ』Burke's Lawで、フランク・D・ギルロイと共にレヴィンソン&リンクが脚本を担当した、 第2シーズン第11話「Who Killed Merlin the Great?」(1964年12月2日放映)のリメイクであり、リンクは原作という位置付けである。
 尚、このプロットのリメイクはこれで2度目であり、1度目のリメイクは、何と『Blacke's Magic』のパイロット版、「Breathing Room」であった。(!)



1999年(平成11年)
・全米製作者組合 栄誉殿堂 TV番組部門
PGA Hall of Fame - Television Programs 受賞…レヴィンソン、リンク『That Certain Summer』(1972)




2001年(平成13年)


11月2日

『MURDER PLOT』
the West Valley Playhouse (カリフォルニア州カノガパーク)
台本:ウィリアム・リンク
演出:ジョン・ベリー
出演:スティーヴ・ラグルス、ロバート・ヴァン・デュセン、マーシー・オースティン他



2007年(平成19年)



6月12日 舞台初日

『Columbo Takes the Rap』
the International Mystery Writer's Festival
(ケンタッキー州オーエンズボロ)
台本:ウィリアム・リンク

※コロンボ警部補(ノーム・バウチャー)は、大物ラップ・アーティストの頭を撃ち抜いて殺そうとした敏腕音楽プロデューサー、カーソン・ラック(ジョージ・キーディング)と対峙する。
プロデューサーの銃はコロンボの手にあり、被害者は奇跡的に一命を取り留めたが、弾丸は脳に残ってしまっていて照合できない。
コロンボは、あの手この手でプロデューサーを追い詰め、ついには罠にかける。


2010年(平成22年)


2月1日~2日放映

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『私が愛した刑事コロンボ』(NHK-BS2)
※ウィリアム・リンク出演



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4月1日
ウィリアム・リンク著
『The Columbo Collection』
( Crippen & Landru Publishers)出版




2011年(平成23年)

6月23日
ピーター・フォーク逝去




2012年(平成24年)

12月11日
ウィリアム・リンク著『死は痕跡を残す』Death Leaves a Bookmark
(ハヤカワミステリマガジンNo.691 2013年9月号に翻訳・掲載)出版



2013年(平成25年)



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8月1日
ウィリアム・リンク著
『刑事コロンボ 13の事件簿―黒衣のリハーサル』
(翻訳:町田暁雄 論創海外ミステリ))出版




2020年(令和2年)

12月27日
ウィリアム・リンク、
米カリフォルニア州ロスアンジェルスにて逝去。







参考資料:
・町田暁雄著:「刑事コロンボ読本」
・町田暁雄責任編集「刑事コロンボ完全捜査ブック」
・刑事コロンボ同人誌「COLUMBO!CLUMBO!」1~6
・マーク・ダウィッドジアク著:「刑事コロンボ レインコートの中のすべて」
・Richard・Levinson&William・Link「Stay Tuned: An Inside Look at the Making of Prime-Time Television 」
・Richard・Levinson&William・Link「Prescription: Murder」(SAMUEL FRENCH, INC.)
・"The Armchair Detective"誌より"Murder, They Wrote"インタビュー
・リック・メイヤーズ著:「Murder on the Air」
・Internet Movie Database
 他
~大変に、ありがとうございました。

この記事へのコメント

  • sugata

    すごいですね、これどこかでめとろんさんが発表したものなんですか? マーク・ダウィッドジアクの本でも少し読んだ記憶はありますが、若い時代の話もいいですね。コロンボ以外の作品の評論も含めて、クイーンの自伝みたいにまとめるとすごく面白そうです。ぜひ書籍化を!
    2018年12月10日 22:55
  • めとろん

    sugataさま、コメントありがとうございます!

    いや、もう10年以上前に書いた記事の、今回はアップデートです。HTMLタグの不備もあり、サイドバーが記事の下に下がってしまったり、不具合もありましたので、一から編集し直しました♪
    そうですね、まだまだ『That Certain Summer 』、『兵士スロヴィクの銃殺』や『殺しのリハーサル』など、考察できていない作品も数多いので…。
    12年前にブログを始めた頃は、2-3年でコンプリート出来ると思っていました…甘かったです(汗
    レヴィンソン &リンクは、その馴れ初めやその後の人生も、ひじょうにドラマティックで面白いです。ぜひ、これからも見つめ記していきたいと思っております。また、いらしてください。よろしくお願い致します。

    >sugataさん
    >
    >すごいですね、これどこかでめとろんさんが発表したものなんですか? マーク・ダウィッドジアクの本でも少し読んだ記憶はありますが、若い時代の話もいいですね。コロンボ以外の作品の評論も含めて、クイーンの自伝みたいにまとめるとすごく面白そうです。ぜひ書籍化を!
    2018年12月11日 09:37